71)生活費・養育費算定の「理屈」
- 2011年7月20日
- 法律・政治
離婚の相談に付きものなのが、生活費・養育費の問題だ。
ダンナが妻子を置いて家を出て行った。しかも、生活費も支払ってくれない。
妻としては、離婚するまでの間は、生活費をダンナから貰う必要がある。
そして、離婚してしまった後は、子どもの養育費だけはシッカリ確保せねばならない。
要するに、生活費は、離婚するまでの問題で、養育費は、離婚してからの問題というのが一応の区分けだ。当然、生活費には妻の分も入るが、養育費は子どもの分だけだ。切ないが、離婚したら、妻は赤の他人なので。
生活費は、法律用語では「婚姻費用分担金」というが、耳慣れない言葉であろうから、取り敢えず、本稿では生活費という言葉を基本的に使用する。
この生活費・養育費という問題、人の生活実態がバラバラなごとく、相談者によって、その「妥当だと信じる金額」は見事なまでにバラバラである。
例えば、Aさん(妻)は、「子どもを育てていくのには、最低でも月に10万円は【必要】です。だから、ダンナには何としてでも、それだけの金額は絶対に支払ってもらいます!」という考え方だ。
このAさんの考え方は、ダンナの収入に関係なく、最低限必要な金額(下限額)は絶対に支払うべきだというもので、言うなれば「必要額主義」というもの。
また、Bさん(夫)は、「とにかく私の毎月の収支を見て下さいよ。どこにも余裕なんてないでしょう。そもそも、養育費や生活費は、自分の生活に【余裕】のある人が支払うべきものです。だから、私は1円たりとも支払う余力はありません!」という考え方だ。
このBさんの考え方は、ダンナの「現実の収支」を基準として、余裕が全く無ければ支払義務は免除されるというもので、言うなれば「余裕額主義」というもの。
そして、Cさん(夫)は、「確かに、今の私の生活には十分な余裕があります。でも、養育費や生活費は、一般的に妥当とされる相場を支払えば【十分】なはずでしょう。聞いたところだと、養育費の相場は月に3~5万円だそうですね。だとすれば、毎月5万円をキッチリ支払えば、それ以上に文句を言われる筋合いはありません!」という考え方だ。
このCさんの考え方は、ダンナが如何に高収入であろうとも、一般的な相場や十分な金額(上限額)を支払えば足りるというもので、言うなれば「十分額主義」というもの。
だが、どの考え方も、現在の日本の裁判実務の考え方とは相容れず、法的には誤った考え方ということになる。
一応、生活費・養育費の支払義務を定めた規定は民法に存在する。
1つは、民法752条で、「夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない。」という規定。
もう1つは、民法877条1項で、「直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある。」という規定。
条文上は、夫婦間の生活費支払義務は民法752条、親の未成熟子に対する養育費支払義務は民法877条1項に由来することになるが、扶養義務の内容は、このような条文構成に関わらず、判例によって個別に解釈されているので、条文を読んだだけでは、正しくは理解できない。
判例によれば、扶養義務の内容は大きく2つに分類される。
1つは、「生活保持義務」というもので、「自分の生活を保持するのと【同程度の生活】を被扶養者にも保持させる義務」とされる。
もう1つは、「生活扶助義務」というもので、「自分の生活を【犠牲にしない限度】で、被扶養者の【最低限】の生活扶助を行う義務」とされる。
そして、「夫婦間の生活費支払義務」と「親の未成熟子に対する養育費支払義務」は、ともに、前者の「生活保持義務」とされ、その他の「親族間の扶養義務」が、後者の「生活扶助義務」とされているのが現状である。
つまり、生活費・養育費というのは、「勝手に別居しているんだから、同居していた時の元々の生活レベルくらいは、妻や子どもにキッチリ保障してあげなさいよ。」という理念のもとに支払われるべきものなのだ。
とすれば、Bさんの「余裕額主義」やCさんの「十分額主義」というのは、「生活扶助義務」に近い発想であり、「生活保持義務」である生活費・養育費の支払義務とは相容れないことにある。
まあ、円満に同居していれば、収支がカツカツだから子どもには食べ物をやらないとか、たっぷり余裕があるのに、子どもには1円たりとも贅沢はさせないとか、そんな親はいないでしょ!!ということだ。
また、Aさんの「必要額主義」は、ダンナの収入を一切考慮していない点で、「生活保持義務」よりも更に過酷な義務を課していることになり、やはり、生活費・養育費の支払義務とは相容れないのである。
いくら何でも、法は「不可能を強いることはない」のである。
さて、ここで、生活費と養育費の算定方法をご紹介しておこう。
と言っても、近時の調停・審判実務では、平成15年に東京・大阪養育費等研究会が発表した「算定表」というものにより、子どもの人数・年齢と権利者・義務者双方の年収さえ把握できれば、簡単に生活費(婚姻費用分担金)と養育費が算定できるシステムが確立しており、ほぼ機械的に「算定表」に基づく認定がなされているのが実態だ。
だが、何故、そのような「算定表」が出来上がったのかという「理屈」を知っている者は少数であり、法律のプロではない調停委員などは理屈を知らないままに「算定表」だけに依存している人が多い。そのため、ちょっと理屈っぽい当事者が現れると、途端に、訳が分からなくなってしまう傾向にあるのだ。これでは、当事者に弁護士が付いていない場合、法の理念に反する結論へと誘導されてしまう危険性が多分にある。
それはさておき、まずは、生活費(婚姻費用分担金)から。
婚姻費用(生活費)というのは、「その資産・収入・社会的地位などに応じた通常の社会生活を維持するために必要な費用」のことであり、夫婦が互いに分担すべきものとされる。
この分担額算定の基本的考え方は、権利者・義務者双方の実際の収入金額を基礎として、権利者・義務者及び子どもが「同居」しているものと仮定し、双方の「基礎収入」の合計額を世帯収入とみなして、その世帯収入を権利者グループの生活費の「指数」で按分し、義務者が権利者に支払う婚姻費用の額を定めるというものである。
言葉だけではサッパリ分からないであろうから、具体例を示そう。
例えば、夫婦が別居し、妻と2人の子(上が16歳、下が9歳)が同居しており、夫の給与収入が600万円/年、妻のパート収入が120万円/年とする。
ここで、「基礎収入」というのは、税込収入から「公租公課」(税金・社会保険など)、「職業費」(被服費・交通費・交際費など)、「特別経費」(家賃・医療費など)を控除した金額のことであり、要するに、「婚姻費用(生活費)を捻出する基礎となる収入」のことである。
特別経費は、もっと詳しく言えば「家計費の中でも弾力性・伸縮性に乏しく、自己の意思で変更することが容易ではなく、生活様式を相当変更させなければ、その額を変えることができないもの」ということだ。
通常、給与所得者の基礎収入は、総収入の34%~42%の範囲となる。
また、自営業者の基礎収入は、事業所得の47%~52%の範囲とされる。
そして、生活費の「指数」とは、成人が必要とする生活費を100とした場合の子の生活費割合のことで、0歳~14歳までの子は55、15歳~19歳までの子は90とされる。
そこで、権利者(妻)の基礎収入をX、義務者(夫)の基礎収入をY、権利者世帯に割り振られる生活費(婚姻費用)をZとすれば、
Z=(X+Y)×(権利者グループの合計指数)/(全体の合計指数)
義務者の生活費(婚姻費用)分担金=Z~X
というのが、生活費(婚姻費用)分担金を求める算定式となる。
基礎収入を総収入の40%と仮定した上で、この算定式を上記の例に当てはめると、
Z=(48万円+240万円)
×(100+90+55)/(100+100+90+55)
=288万円×0.71
=204.5万円
夫の生活費(婚姻費用)分担金
=204.5万円~48万円
=156.5万円
従って、年額156万円ということは、月額13万円ということになる。
ちなみに、例の「算定表」では、月額12万円~14万円とされている。
ピッタリと範囲内に収まっている。
では、次に養育費について見てみよう。
養育費算定の基本的な考え方は、権利者・義務者双方の実際の収入金額を基礎として、子が義務者と「同居」していると仮定すれば、子のために費消されていたはずの生活費がいくらであるのかを計算し、これを義務者・権利者の収入の割合で「按分」し、義務者が支払うべき養育費の額を定めるというものだ。
基礎収入や生活費の指数といった概念は生活費と同様である。
権利者(妻)の基礎収入をX、義務者(夫)の基礎収入をY、子の生活費をQとすれば、
Q=Y×(子の指数)/(義務者の指数+子の指数)
義務者の養育費分担額=Q×Y/(X+Y)
というのが、養育費を求める算定式となる。
基礎収入を総収入の40%と仮定した上で、この算定式を上記の例に当てはめると、
Q=240万円×(90+55)/(100+90+55)
=142万円
義務者の養育費分担額
=142万円×240万円/(48万円+240万円)
=118.3万円
従って、年額118万円ということは、月額10万円ということになる。
ちなみに、例の「算定表」では、月額8万円~10万円とされている。
これまたピッタリと範囲内に収まっている。
もっとも、今回は、便宜上、基礎収入を総収入の40%と仮定したが、高額所得者ほど割合は小さくなるのが原則なので、実際は、夫と妻とでは基礎収入を算定する際の割合は異なる。
審判となった場合は、審判官が実態に即して判断するわけだ。
最近、相手方の夫から、「妻が家を出て行ったので、社宅に住めなくなり、家賃負担が3万円から8万円に跳ね上がった。だから、この5万円は生活費として負担しているのに等しい。」などという主張がなされた。
案の定、調停委員は、チンプンカンプンという様子であった。
だが、生活費や養育費を算定する「理屈」さえ分かっていれば、もともと、家賃などというのは「基礎収入」から除外されているのだから、生活費の分担額に影響しないことは自明の理である。
もちろん、8万円程度の家賃は、十分に「想定の範囲内」の金額である。
今一度、確認しておこう。
生活費・養育費の支払というのは、「円満に同居していたら妻や子のためにやってあげていた経済的援助は、別居しても、同様にやってあげなさい。」という理念に基づくのだ。これだけは、是非とも知っておいて頂きたい。
そして、くどいようだが、調停委員は、法律のプロではない。
だから、もっともらしい当事者の議論に対して的確に反論できない場合が多々あり、訳の分からない議論に当事者が巻き込まれてしまう危険性がある。
今回も、当方に弁護士が付いていなければ、訳も分からず、調停委員に勧められるがままに、不本意な解決をしていた可能性が多分にあったわけだ。
三重県では、家事事件の調停では、弁護士を付ける人の方が少ない。弁護士の数自体が少ないので、やむを得ない話でもあろう。
だが、代理人として弁護士を付けないまでも、その都度、弁護士に相談する習慣は是非とも持って頂きたいと切に思う。
失うかも知れない金額を考えれば、相談料は決して高くはないはず。