24)保釈金立替ビジネス
- 2009年12月4日
- 経済・ビジネス
先日、刑事弁護を担当している被告人から、「保釈の申請をして欲しい」と頼まれた。もちろん、刑事弁護人としては、依頼されたら最善を尽くすしかないが、常に頭を悩ますのが「保釈金の工面」である。
被告人自身が、潤沢な預貯金を有しているケースはほとんど無い。
結局は、家族や知人に工面してもらうしかないのが一般的だ。
昨今の相次ぐ有名人の刑事事件報道により、保釈金という言葉を聞く機会も急増した感がある。
テレビ報道で何度も解説されているおかげで、以前のような誤解は減ったが、ざっとおさらいしておくと次のとおりだ。
保釈金の正式名称は「保釈保証金」という。保証金という名が付くとおり、被告人が逃亡や証拠隠滅などをせず、何ら問題なく裁判が終了すれば、全額返還される。逆に、逃亡などしようものなら、全額没取されてしまう。
簡単に言えば、「逃亡などしないための担保」とされるのが保釈金である。
従って、保釈金の額は、被告人や家族等の経済状況に応じて、「この金額を没取されたらさぞかし困るであろう。これぐらいの金額にしておけば絶対逃げないはずだ。」という金額を裁判所が決定する。
当然、資産家ともなれば、数億円の保釈金となってしまう。
なお、保釈の申請が出来るのは、起訴された後に限られるので、被疑者(容疑者)の段階では、検察官が任意に釈放してくれない限り、身柄拘束を解消する有効な手段はない。
さて、私に保釈申請を依頼してきた被告人は住所不定・無職の男である。当然だが、本人が保釈金を用意できるはずがない。
私が「保釈金を用意してくれそうな人はいるのか。」と尋ねたところ、「頼れる者はいない。保釈金を貸してくれる制度があると聞いたので、それを利用したい。」とのこと。どうも、その手の情報は、留置場内でよく耳に入ってくるようである。
私自身、過去に何度も保釈申請はしてきたが、保釈金は家族が用意してくれるのが一般的で、そのような申し出は初めてだったので、「調べた上で、また面会に来る。」と告げて、留置場を後にした。
事務所に戻ってネットで調べてみると、確かに、「保釈金立替ビジネス」と呼べそうなものが数件ヒットした。近時、特に増加しているようでもある。
どの業者も似たようなシステムで、大雑把に言えば、決定された保釈金を立て替える代わりに、立替料などの名目で対価(業者の利益)を徴収するというものだ。そして、立替料は2ヶ月を基準として設定され、保釈金を立て替えてから保釈金が返還されるまでの期間が2ヶ月を超えるごとに新たに立替料を徴収する仕組みである。仮に保釈金が200万円の場合、立替料は5~7万円程度で、立替の限度額は500万円程度というのが一般的だ。
なお、契約当事者となるのは、当たり前だが被告人ではなく、被告人の家族などである。
従って、件の被告人の場合、この立替制度を利用できる見込みは無く、残念ながら、その旨を本人に伝えた次第である。
ところで、このシステムを見て、「おやっ?」と思ったことがある。
2ヶ月ごとに立替料が発生するならば、それはまさしく「金利」ではないかという疑問である。純粋に立て替えるという「手間」に対する対価(手数料)ならば、立て替える際に一度だけ徴収すれば済むはずだからだ。
業者の中には登録された貸金業者もいるが、貸金業登録をしていない者もいる。これは、法的には相当に問題だろう。
しかも、もっと問題なのは、2ヶ月ごとに発生する立替料について、日割り計算しないというシステムそのものだ。要するに、2ヶ月+10日後に返済しても、2ヶ月+50日後に返済しても立替料は同じということだ。
結果、立替料=金利とするならば、ほとんどの業者が利息制限法を超える違法金利を徴収している計算となるのである。どういうことかと言えば、こうである。
利息制限法によれば、元本が100万円以上の場合の上限金利は年15%である。200万円であれば、2ヶ月ごとの金利は5万円が上限となる。つまり、2ヶ月+10日で10万円の金利を徴収すれば、これは明らかに違法金利なのである。
2ヶ月ごとに立替料を5万円と設定している業者は利息制限法を意識してのことだろうと推測されるが、日割り計算しない以上は違法金利との指摘は免れないはずだ。
それはそうとして、保釈を切望する家族からすれば、このビジネスが違法だろうが何だろうが、そんなことは関係ない。それに、違法金利だからと言って、消費者金融業者を相手とするような過払金返還請求もしないだろう。数千円を取り返すために弁護士に依頼することもあり得ないし…。
むしろ、「これが無ければとても保釈金は用意できなかった。本当に助かった。」と賞賛する声が多いのが現実である。このビジネスに対しては、感謝こそすれ、苦情を述べる者は少ないだろう。
しかも、前述のとおり、保釈金は全額返還されるのが通常なので、元金の返済が「焦げ付く」心配はほとんど無い。つまり、このビジネスは、ノーリスクで高金利を稼げるという点で、業者にとっても「メチャメチャおいしい商売」である。
被告人も被告人の家族も喜ぶ、業者もウハウハ、ついでに弁護人も保釈が実現して感謝される、ということで、まさに「WIN・WIN」(みんながハッピー)の商売ということか。
もっと言えば、現在の刑事司法は「人質司法」などと痛烈に非難され、なかなか身柄拘束が解かれないという大問題を抱えており、その点からも、保釈がされ易くなるということ自体は大変喜ばしいことなのだ。
というわけで、みんながハッピーなら、違法金利だ何だと騒いだところで何の意味もなく、このビジネスは今後も拡大し続けるのだろう。
ただ、刑事弁護人の立場からすれば、唯一懸念されるのは、被告人への心理的影響である。
従来は、被告人の家族が必死になって保釈金を工面するのが普通であった。
被告人は、家族の経済状況を知っているから、そのような家族の努力にいたく感銘を受けたものであるし、そのような家族の温情をムダにしないよう本気で更生しようと決意を新たにしたものだ。被告人の家族が、恥を忍んで、親戚や知人らに頭を下げ回って工面したというような特殊事情があれば、なおのことだ。
ところが、保釈金立替ビジネスにおいては、数万円のコストさえ投じれば、いとも簡単に保釈金は工面できてしまう。虎の子を持ち出す必要もなければ、誰一人として嫌な思いもしないのだ。
その当たりの「手軽さ」「気軽さ」が被告人の更生にとっては、決してプラスには働かないように思うのだが。単なる杞憂であろうか…。