176)鉄道戦略に学ぶ
- 2015年3月15日
- 経済・ビジネス
昨日(3月14日)、いよいよ北陸新幹線が開業した。
1番列車は、発売開始25秒で完売するほどの超熱狂ぶりであった。
従来、東京~金沢間は、在来線(寝台特急)なら7時間半もかかり、
上越新幹線+在来線の併用でも最短で4時間もかかっていた。
ところが、北陸新幹線開通により、東京~金沢間は、わずか2時間半!で結ばれることとなり、金沢も「首都圏市場」の中に組み込まれることとなった。
ちなみに、2時間半と言えば、名古屋~金沢間の所要時間(東海道新幹線+在来線)と同じで、東京~大阪間の所要時間(東海道新幹線)でもある。
こう考えると、この距離の縮み方は劇的だよねえ。
日経新聞によれば、北陸新幹線開通による石川・富山の経済効果は年間200億円超にも及ぶそうだ。
下記のように、始発で東京を出て、終発で東京に帰ってくれば、まるまるっと12時間も金沢を堪能できるワケで、十分に「日帰り旅行」も満喫できるし、上記の経済効果試算もウンウンと頷けるというもの。
東 京 06時16分発
金 沢 08時46分着
金 沢 21時00分発
東 京 23時32分着
このように、東京という「巨大市場」との「アクセス障害」を除去し、「利便性」をグンと向上させることで、金沢の「商品価値」がドカンと沸騰したというワケだ。
人が商品を購入するのは、その商品に「価値」を見出すからだ。
どの点に価値を見出すかは、人それぞれなのだが、非常に単純化すれば、価値というものは、
「品質」・「価格」・「利便性」の3要素の総合評価であるとされる。
企業経営では、これを「QPC分析」と呼んで、マーケティングの際に活用している。
QPCというのは、下記のとおり、英語の頭文字だ。
V = 価値 = Value(バリュー)
Q = 品質 = Quality(クオリティー)
P = 価格 = Price(プライス)
C = 利便性 = Convenience(コンビニエンス)
まあ、ざっくりと言えば、V = Q×C÷P ということだ。
つまり、価値を上げるためには、
1)品質向上戦略
2)利便性向上戦略
3)価格低下戦略
のいずれかを選択するしかないことが分かる。
新幹線事業は、「利便性向上戦略」が奏功しているお手本のようなものだ。
一方、なるほど!という「品質向上戦略」を先日体験してきた。
三重県志摩市の英虞湾(あごわん)に「賢島」(かしこじま)という島がある。
奥志摩観光の拠点なのだが、如何せん、名古屋から2時間で行けてしまうし、半日もあれば十分堪能できるスポットなので、名古屋からは「日帰り旅行」が可能なのだ。
もちろん、名古屋~賢島が近鉄特急で結ばれる以前は、相当に不便であったろうから、名古屋という巨大市場と2時間で繋がったということ自体は、名古屋の日帰り旅行客を大量に呼び込む契機となったはずであり、当時は、この「利便性向上戦略」が奏功したに違いない。
ところがである。
片道2時間という利便性は、どうしても「日帰り」を誘発しやすくなるので、宿泊客が減少するという「負の経済効果」も生んでしまったのだ。
名古屋~賢島を2時間で結ぶのを実現したのは近鉄だが、その近鉄は、賢島駅のすぐ近くに「賢島宝生苑」という温泉旅館も経営している。
日帰り客の増加は、鉄道事業にはプラスだが、旅館事業にはマイナスという歯がゆい話。
そこで、近鉄は、起死回生の「品質向上戦略」に出たのだ。
温泉旅館の品質をグッと向上させたのか?
いやいや、鉄道の品質を向上させたのだ。
それが、新型観光特急「しまかぜ」である。
しまかぜは、2013年3月に運行を開始し、もう2年が経過した。
だが、いまだに人気は沸騰中で、1ヶ月前の予約はすぐに完売となる。
もちろん、私も一度乗ってみたいとは思っていたが、ネット予約のためにパソコンの前に張り付いているワケにもいかず、なかなか乗るチャンスに恵まれなかった。
ところが、「しまかぜ往復ツアー」なるものをネットで見つけ、これなら自分で予約しなくてもいいということで、家族旅行を企画したという次第。
で、先週、子供たちを残して(笑)、わが夫婦+妻の父母の4名で、往復「しまかぜ」に乗って、伊勢神宮の外宮・内宮参拝や英虞湾クルーズを堪能してきたのであった。
当然、宿泊は「賢島宝生苑」なり。
このツアーの特徴は、客の大半が「しまかぜ」目当てということだ。
つまり、特急に乗るのがメインで、観光や宿泊が「おまけ」という不思議な旅。
でも、観光・飲食・宿泊・土産物などなど、地元に与える経済的効果は計り知れないよね。
この「しまかぜ」のダイヤ設定は、憎らしいほど見事だ。
下記のごとく、1日1往復の設定しかなく、その「プレミアム感」を煽っているし、始発が遅く、終発が早いという実にイヤらしい(笑)設定のため、往復を「しまかぜ」に乗ろうと思ったら、やっぱり「賢島に宿泊せざるを得ない」のである。
これは、大阪~賢島間でも同様だ。
名古屋 10時25分発
賢 島 12時26分着
賢 島 15時40分発
名古屋 17時47分着
大 阪 10時40分発
賢 島 13時02分着
賢 島 16時00分発
大 阪 18時22分着
かくのごとく、鉄道戦略というのはマーケティングのお手本なのだ。
そこで、我々、弁護士も存分にこれを見倣っていく必要がある。
本来的に弁護士が関与すべき法律問題なのに、弁護士が実際に関与できている案件は3割程度だとも言われている。
残り7割の人達が弁護士にアクセスできていないのは、そこに「アクセス障害」があるからに他ならない。
アクセス障害には、地理的要因・時間的要因・経済的要因・心理的要因など様々な要因がある。
アクセス障害の除去は、個々の弁護士に任せるべきことではなく、公的責任を負う弁護士会が実施すべき事柄だ。
弁護士会としては、これまで、津と四日市だけでなく、伊勢・松阪・名張・熊野などにも法律相談センターを設置し、夜間・土曜相談も新設し、一部の相談を無料化するなど、地理的・時間的・経済的要因の除去に努めてきたが、まだまだ工夫不足であることは否めない。
個人的には、弁護士に抱く「敷居が高い」「大袈裟である」といった心理的要因を除去する広報活動も相当に重要だと感じている。
弁護士にアクセスすべき顧客層というのは、その抱えている法律問題の種別や緊迫度に応じて、下記の2種類に大別できる。
1)弁護士であれば「誰でもいい」という顧客層
2)求める条件に合う弁護士を「探したい」という顧客層
当然、1)の人達は「利便性」を重視し、2)の人達は「品質」を重視する傾向にある。
とするならば、弁護士会が実施する名簿担当制の「法律相談」は、可能な限り「利便性」を向上させることで、1)の人達を漏れなく取り込み、個々の法律事務所は自らの「品質」を向上させることで、2)の人達をガンガン呼び寄せる、というのが理想的な形である。
つまり、弁護士会を訪ねる顧客層と個々の法律事務所を訪ねる顧客層とはバッティングするものではなく、両者が適切なマーケティングを展開することで、弁護士業界全体の市場パイが拡大するはずなのである。
本来、私は会長任期中にこの重要課題の礎だけでも築きたかったのだが、他の緊急案件に忙殺されて、次年度へ引き継ぐ形となってしまった。
弁護士は、法的紛争を「解決」するだけでなく、法的紛争を「予防」することも重要な職務として担っているのだが、そのことが、あまりにも国民に理解されていないと感じる。
残念ながら、弁護士は、あらゆる「士業」の中で、国民から最も遠い位置に存在し、最後の最後の最後になって、ようやくアクセスされる存在である。
弁護士にアクセスされる前には、あらゆる「士業」の手によって、様々な法律問題が処理されているのが実情なのだが、その処理が不適切であったが為に、結果的に、弁護士にアクセスせざるを得ない事態に陥るケースも多く、弁護士が介入したところで「取り返しようがない」事態にまで陥っているケースも珍しくない。
以前、このようなケースを担当し、裁判で大敗を喫したことがある。
事情を聴けば聴くほど、当方主張が「真実」であると確信したが、如何せん、それを証明するはずの「契約書」(他の士業が作成)があまりにも杜撰であった。
紛争前に関与した士業の方々に、シッカリとした「予防法務」の素養があれば、何ら問題化することは無かった事案だ。
だが、その士業の方々を責めることは決して出来ない。
それは、「裁判」というものが非常に特殊な手続だからだ。
特殊な手続であるが故に、経験を重ねていかなければ、その「勘所」は掴めない。
そして、裁判の勘所が分からない者に、裁判の結果を予想して、あらゆる危険を「予防」するという芸当は為し得ない。
やはり、「餅は餅屋」ということだ。
そして、予防法務というのは、とっても特殊な餅なのである。
これからも、弁護士がドンドン増えていくんだから、アメリカのごとく、法人・個人を問わず、誰もが「主治医と顧問弁護士」をセットで抱えるのが普通という社会を目指すべきなんだろう。
日本では、「警察沙汰」と同じように、「裁判沙汰」などと表現され、「裁判」というものに強い抵抗感や負のイメージがあり、「弁護士=裁判をする人」というイメージから、弁護士は「敷居が高い」「大袈裟だ」と感じられるようだ。
でも、「紛争を解決するため」に弁護士に依頼するという発想から、「紛争を起こさないため」に弁護士に依頼するという発想に切り替えられたら、もうちょっと弁護士も「身近な存在」になっていけるはず。
まあ、一度出来上がっているイメージを変えるのは容易ではないが、弁護士の「イメチェン」というのも、弁護士会に課せられた重要な任務なんだろうね。
弁護士会は新幹線に学び、個々の法律事務所は「しまかぜ」に学ぶ!
これが結論だね。