沈思雑考Blog

ソレイユ経営法律事務所の代表である弁護士・中小企業診断士
板垣謙太郎が日々いろいろと綴ってゆく雑記ブログです。

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183)TとSの明暗

T弁護士とS弁護士は、ともに、法律事務所を経営する「同期」のベテラン弁護士。
だが、昨今の法曹人口増加に伴う競争激化により、両名の「懐事情」には大きな差が生まれ、最新の確定申告では、クッキリと明暗が分かれた。

T弁護士は、愛知県に大きなオフィスを構える。
事務所全体の売上は、2億7234万円。
所長であるT弁護士の年収は、5392万円。
家計は、2173万円の「黒字」で、まさに「裕福」そのもの。
個人資産も、スゴイ(!)の一言。
今までに積み上げた預貯金や投資資産の総額は、3億8434万円にも及ぶ。
随分前に2億2364万円で購入した超高級マンションの時価こそ、9295万円まで下がってしまったが、総資産は、何と4億7729万円に達する。
事業上の借金や住宅ローンも、合計すると3億0082万円ほどもあるが、
T弁護士の純資産は、1億7647万円なので、経済状況は「余裕」しゃくしゃくだ。

一方、S弁護士は、大阪府に小さなオフィスを構える。
事務所全体の売上は、2786万円。
所長であるS弁護士の年収は、388万円。
家計は、222万円の「赤字」で、まさに「ジリ貧」そのもの。
数年前までは、事務所全体の売上も3500万円ほどで、S弁護士の年収も750万円ほどあったため、家計も100万円ほどは「黒字」だった。
だが、昨今の競争激化の中、S弁護士は「負け組」へと転落しつつある。
家計が「赤字」となってしまったため、近年は、コツコツ貯めた個人資産を、生活のために「食い潰している」ような状況が続いている。
S弁護士の預貯金や投資資産の総額は、1518万円。
随分前に2679万円で購入した中古マンションの時価は、443万円まで下がり、個人資産の総額は、1961万円。
事業上の借金や住宅ローンは、まだ1917万円も残っている。
つまり、S弁護士の純資産は、わずか44万円しかない。
このまま、家計の「赤字」が続けば、来年には、S弁護士は「債務超過」に陥ってしまう。

同期のベテラン弁護士同士の、見事なまでの「明暗」である。
まあ、他の弁護士の事務所の経営状態や個人資産の状況など、私が知る由もないので、勿論、上記の弁護士像は架空のものである。

だが、勘のいい人はお気付きだろうが、T=トヨタ、S=シャープで、上記の数字を、それぞれ「10万倍」すれば、両社の最新の決算情報となる。

トヨタの売上は27兆円超で、粗利だけでも5兆円超だ。
そして、税金等を支払った後の純利益が、何と2兆円超(!)となった。
純利益の2兆円超えは、日本企業として「初」となる快挙だ。
まさに、「おらが春を謳歌」している状態だねえ。

一方、シャープの売上は2兆7000億円余りで、粗利は3800億円余り。
営業利益すらマトモに叩き出せず(480億円の赤字)、税金等を支払った後は、何と2200億円超もの「大赤字」に転落してしまった。
そして、シャープの純資産は、わずか445億円。
このペースでいけば、次の決算では「債務超過」に陥ってしまうことは必至だ。

先日のニュースで、シャープが「99%減資」を実施するとの報道があった。
シャープの「資本金」は、1218億円。
当初は、シャープとしては、この資本金を「1億円」にまで引き下げたいとのことであったが、様々な批判を受けて、結局、資本金を「5億円」にまで引き下げることとした。
1億円であろうが5億円であろうが、「99%減資」ということに変わりはない。

では、何のために?こんなことをするのであろうか。
ものすごく単純化すれば、株式会社においては、「資本」と「利益」を合算したものが「純資産」である。
資本というのは、事業の「元手」のことで、要は、株主が払い込んだ出資金だ。
利益というのは、事業の「儲け」のことで、企業が創業時から儲けた金額の累計額であり、ざっくり言えば、今までの「内部留保」の合計額である。

シャープの場合、純資産は、445億円しかない。
一方で、資本金は1218億円もある。
ということは、今までの利益の蓄積が「マイナス」(!)ということだ。
確かに、シャープの決算書を見れば、「利益剰余金」(内部留保)は、874億円もの「大赤字」となっている。

今回の「99%減資」は、1218億円ある資本金を5億円にまで引き下げることで、利益剰余金の赤字を解消して、見た目では、利益剰余金を「黒字」に転化させようという話だ。

言ってみれば、単なる「数字の付け替え」に過ぎないので、シャープの財政状態が実質的に改善されるワケでも何でもない。
勿論、利益の蓄積が「マイナス」というのは、如何にもカッコ悪いので、その「見栄えを良くする」という、ごくごく単純な意味はある。

だが、資本金の引き下げには、2つの「実益」を伴う重要な意味があるのだ。

まず、最も大きいのは、「株主対策」だ。
企業が債務超過か否かということ、つまり、企業が倒産するのかしないのかという観点だけで言うならば、肝心なのは、純資産の額だけだ。
資本+利益=純資産という関係にはあるが、資本と利益の配分がどうであれ、トヨタのように純資産が潤沢ならばOKだし、シャープのように純資産がジリ貧ならばNGだ。
そのジリ貧のシャープが、わざわざ資本金を引き下げる実質的狙いは、株主への「配当可能財産」を確保せんが為である。

資本金というのは、簡単に言えば、純資産のうち、「この金額だけは株主に配当しない」と対外的に宣言した金額のことである。
つまり、資本金1000億円・利益剰余金500億円の会社であれば、株主の配当に回せるのは500億円だけであり、資本金1000億円に相当する資産は会社にプールされていることになる。
要するに、資本金というのは、会社のオーナーである株主ですら手を付けられない資金ということ。
従って、お金を貸す「債権者(=銀行)」側からすれば、他の債権者と合わせて、資本金に相当する1000億円まではお金を貸しても大丈夫だと安心できるワケだ。

資本金の大小が、会社の信用に影響するというのは、そういう理由からだ。
ちなみに、トヨタの資本金は、3970億円なり。

シャープの場合、資本金は1218億円、利益剰余金の累積赤字が874億円だ。
つまり、今後、業績が回復して、純利益が「黒字」に転化したところで、この累積赤字を解消し切るまでは、株主への配当は、しばらくの間、ずーっと出来ないことになる。
簡単に言えば、配当も出ないような株式を誰が買うかいな!という話。

だが、経営再建のためには、銀行からの融資だけでは到底足りず、どうしても、新たな出資を募る必要がある。
そこで、資本金を一気に5億円まで下げることで、利益剰余金の累積赤字を一気に解消し、すぐにでも株主への配当を可能にしようという狙いだ。
これならば、経営再建計画が上手くいって、経営が黒字にさえ転化すれば、すぐにでも配当が実施される可能性が高まるので、株式を購入するメリットも生まれてくるというもの。

次に、ジリ貧のシャープが狙ったのが「税務対策」だ。
資本金1億円以下の企業については、税制上のメリットがある。
通常、税金というのは、その「所得」の多寡に応じて課税されるものであり、所得が「赤字」であれば課税はゼロのはずである。
ところが、資本金1億円超の企業の場合、「外形標準課税」という仕組みが適用され、その事業規模に応じて、たとえ「赤字」であっても税金を支払わざるを得ないこととなっている。

シャープは、経営再建のために、余計な税金は支払いたくないと思ったはず。
そこで、当初は、資本金を1億円にまで引き下げるという計画を公表したが、大企業が税制上の優遇措置を受けることについて、政府筋からも批判が上がり、資本金を5億円にまで引き下げることに留めた。

この批判を回避するだけなら、資本金は2億円でもよかったのだろうが、シャープが「中小企業化」すること自体への批判もあったので、中小企業と呼ばれない資本金額にしたんだろうね。

ちなみに、中小企業基本法における中小企業の定義は、次のとおり。

製造業:従業員300人以下又は資本金3億円以下
卸売業:従業員100人以下又は資本金1億円以下
小売業:従業員50人以下又は資本金5000万円以下
サービス業:従業員100人以下又は資本金5000万円以下
その他:従業員300人以下又は資本金3億円以下

ところで、シャープの創業は、1935年(昭和10年)。
トヨタが、豊田自動織機内で自動車製造を開始したのも同じ年で、トヨタ自動車が設立されたのは2年後の1937年(昭和12年)。

シャープの創業者である早川徳次氏が、シャープの社名の由来ともなった「シャープペンシル」を発明し、爆発的ヒットを成し遂げたのが1915年。
今年は、それから、ちょうど100年。
その節目の年に、資本金を99%も引き下げなければならない事態にまで陥ろうとは。

ほぼ同期のトヨタとシャープの見事なまでの「明暗」。
まさに「資本主義」の過酷さを実感するねえ。

まあ、わが業界にとっても、他人事ではない。
T弁護士とS弁護士の話も、フィクションではなく、相当に「リアル」な話だ。