254)成功者からは学べない
- 2017年10月8日
- 経済・ビジネス
昨日、リビングで本を読みながら、くつろいでいたら、
何となくつけっ放し状態だったテレビから、
「借金40億円を背負ったサラリーマン。
完済までの奇跡の逆転劇!」
というナレーションの声が聞こえてきた。
ちょっと興味が湧いたので、そのまま見入ってしまった。
その番組は、「逆転人生」というNHKの新番組で、
「実際にあった奇跡の逆転劇を紹介する」ものらしい。
で、その第1回の主人公が、
株式会社湯佐和という寿司・居酒屋を経営する会社の
二代目社長である湯澤剛氏。
湯澤氏は、1999年、初代社長の父親の死により、
突然、社長を引き継ぐこととなった。
当時、湯澤氏は36歳で、大手ビールメーカーの社員。
社員としてはエリート街道を歩んでいたそうだが、
当然ながら、会社経営の経験値はゼロだ。
株式会社湯佐和は、バブル時代の放漫経営によって、
1999年当時、有利子負債を40億円も抱えながら、
十数店舗ある居酒屋は、大半が赤字経営だったそうだ。
そんな逆境なのに、何故、湯澤氏は社長を引き継いだのか。
それは、融資していた銀行担当者から、
「このままだと、お母様に社長を引き継いでもらいます。
それが嫌なら、あなたが社長を引き継いで下さい。」
というニュアンスで迫られたからだそうだ。
まあ、無茶苦茶な話だ。
湯澤氏の母親は、形だけの連帯保証人になっていたが、
会社経営の経験=ゼロの専業主婦だったらしい。
「そんな母親に苦しい思いをさせるワケにはいかない」
というのが社長を引き継ぐ契機だったようだ。
だが、母親にしろ、湯澤氏本人にしろ、
会社経営の素人に借金だらけの会社を引き継がせよう、
などという銀行のやり口自体が「あくどい」よね。
おそらくは、いずれ倒産することは必至だから、
それまでに少しでも延命させて、多少は債権回収しよう、
といった程度の魂胆だったのだろう。
結局、湯澤氏は、誰に相談することもなく、
借金だらけの会社の社長を引き継いでしまう。
当然、そうなれば、借金の連帯保証人にもなるワケだ。
会社経営の経験すらない弱冠36歳の青年が、
突如、40億円もの借金を抱える会社の舵取りを担い、
経営再建に失敗すれば、個人資産も全て奪われる、
という「異常事態」に自らを置いたのである。
しかし、冷静になって考えれば、
このような選択自体、あまりに無謀な話だよねえ。
湯澤氏の場合は、番組のタイトルどおり、
文字通りの「逆転人生」を歩み、
会社再建にも成功し、巨額の有利子負債も完済した。
まさに、これ以上ないサクセス・ストーリーだ。
だが、私見では、一握りの特殊な成功事例からは、
普遍的な成功法則を導き出すことはできない。
元プロ野球監督の野村克也氏の言葉にも、
「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」
というものがあるが、
経営のセオリーからすれば、湯澤氏は、
銀行の「あくどい口車」に乗らずに、社長就任は固辞し、
会社の舵取りは、有能な第三者に委ねるべきであった。
当時、銀行担当者からは、
借金の返済には80年かかるだろうと言われたらしい。
財務指標の1つに「債務償還年数」というものがある。
(有利子負債-正常運転資金)/ 年間キャッシュフロー
というもので、細かい説明は割愛するが、
要は、「借金を何年で返せるか」という指標だ。
通常、銀行融資の際には、10年以内が良好とされ、
20年を超えると融資としてはアウトだ。
そうなると、借金返済に80年もの年数を要する、
なんていうのは、まさに「論外」ということになる。
つまり、銀行からすれば、
「1年でも1ヶ月でも延命してくれれば、御の字」
というレベルであったに違いない。
父親の遺した「莫大な負の遺産」。
個人としては、母親も湯澤氏本人も相続放棄した上で、
連帯保証人である母親自身は自己破産をすべきだった。
そして、会社については、M&Aによる売却も視野に入れ、
最終的に経営を引き継ぐ者が登場しなければ、
潔く、会社も破産して清算すべきであったろう。
まさに「逆転人生」を演じた湯澤氏は素晴らしいし、
文句なく尊敬に値する人間力を備えた経営者である。
それでも、敢えて、繰り返して強調したい。
特殊な成功事例からは、普遍的「学び」は得られない。
放漫経営の全責任は、湯澤氏の父親にのみ存する。
その「ツケ」を無関係の妻と子が引き継ぐ道理はない。
債務償還年数が80年などという財務指標は、
もはや「瀕死状態」としか言いようがない。
通常は、このまま経営を続ければ、損害が拡大するのみ。
損害拡大を防止し、潔く、会社を畳むのも社長の責任だ。
それにしても、
有利子負債が40億円もある企業の社長を引き継ぐ、
こんな異常な境遇に立たされながら、湯澤氏が、
弁護士や経営コンサルタントに相談した形跡が全くない、
というのが極めて奇異に思えた。
というよりも、それほどまでに、
弁護士や経営コンサルタントというのは、
経営者から「遠い存在」なんだなあ、
ということを改めて思い知らされた気がした。
弁護士や経営コンサルタントに相談していれば、
当然ながら、セオリーどおりの助言をしたであろう。
そうすれば、今のような展開にはなっていなかった。
湯澤氏からすれば、外部の専門家に相談せず、
常識的なセオリーに捉われずに経営再建をしたからこそ、
今の大成功がある、ということにはなるのだろう。
だが、それは、
経済合理的には絶対に買うべきではない「宝くじ」だが、
当選した人からすれば、「助言に逆らって買って良かった」
と誇らしげに語る様と似ている気がする。
湯澤氏は、借金完済を果たした直後、
「初めて」、1泊2日の家族旅行に出かけたという。
2人の子供たちは、すでに中学生であった。
湯澤氏は、社長を引き継いで以降、
1日も休むことなく、仕事漬けの毎日であったという。
当然、家族団らんの時間など皆無であった。
確かに、湯澤氏の人間性・実績は賞賛に値する。
従業員や取引先からしても、尊敬の眼差ししかなかろう。
だが、私は、家族との時間を犠牲にしてまで、
自らが築いてきたキャリアを犠牲にしてまで、
本来ならば拾う必要のない「火中の栗」を拾った、
という「男気あふれる生き様」を、
決して「羨ましい」とは思えない。
私ならば、「仕事か家族か」の選択に迫られれば、
迷うことなく、一瞬で「家族」を選択するからね。
まあ、いろいろと考えさせられる番組だったけど、
やっぱり、弁護士と経営者との「距離」を痛感した次第。
私が経営コンサルタントの資格を取ったのも、
そんな距離感を少しでも縮めたいと思ったからだけど、
う~む、まだまだ、ガンバらにゃいかんねえ~。