沈思雑考Blog

ソレイユ経営法律事務所の代表である弁護士・中小企業診断士
板垣謙太郎が日々いろいろと綴ってゆく雑記ブログです。

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6)日本に終身刑はないのか

 今日、裁判員制度がスタートした。実際に、裁判員が法廷に登場するのはまだ先だが、しばらくはマスコミの話題も集中することだろう。

 さて、今朝、ワイドショーを見ていたら、死刑か無期懲役かを如何に判断すべきか、というような内容の特集が流されていた。
 内容は興味深かったが、キャスターの締めくくりの言葉には違和感を覚えた。いわく、「日本には終身刑がないですからねえ。終身刑があれば、もっと議論も違ってくると思うのですが。」という趣旨の発言だったのだ。

 おそらく、視聴者の中には「ごもっとも。そのとおりだ!」と共感を覚えた人も多いだろう。
 だが、裁判員制度がスタートした今日現在においても、マスコミサイドのキャスターがこの程度の理解度だということに驚くとともに、裁判員制度そのものへの不安を一層深めた次第だ。

 終身刑と無期刑。両者は言葉自体から受ける印象が違うから、全く別の制度だと思っている人が多いのだろう。
 終身刑=一生涯刑務所から出られない刑罰、無期刑=刑期が定まっていないだけで、いつかは刑務所から出られるかも知れない刑罰、という理解が一般的なのかも知れない。
 マスコミ自身も誤解しているので一般国民が誤解するのは無理もなかろうが、終身刑と無期刑は「全く同じもの」だ。
 無期刑というのは、「終身拘禁を内容とする刑」のことであり、要するに「満期が無い=終わりが無い」という意味で、「終身」と同義である。

 これについては、「無期刑は20年もすれば刑務所から出て来れるって聞いたぞ。全然、終身刑とは違うじゃないか!」という異論も聞こえてきそうだが、社会復帰するのは「仮釈放」によるものであり、あくまでも「仮」という言葉のとおり、刑期は終了しておらず、一生涯にわたって「保護観察」の下に置かれ、住居や旅行などはもちろん、日常生活にも制限を受けることになるのだ。つまり、刑はず~っと続いている(一生終わらない)ということだ。
 そして、保護観察中に遵守すべき遵守事項に違反した場合には、仮釈放が取り消され、残りの人生を再び刑務所で過ごすことになるという仕組みなのだ。

 では、なぜ、同じものなのに「終身刑」・「無期刑」という別々の呼び方をするのか。知ったらバカバカしくなるが、単なる「翻訳」の違いに過ぎない。
 中国語の「无期徒刑」を直訳すると無期懲役だし、英語の「Life imprisonment」を直訳すると終身刑だ。たったこれだけの違いが大きな誤解を生むきっかけになったというわけだ。
 乱暴に言えば、欧米では「終身刑」という用語が使用され、アジアでは「無期刑」という用語が使用される、という程度の違いなのだ。

  それでも、「欧米の終身刑は一生刑務所から出られないんじゃないの?」と考える人もいよう。だが、これも大きな誤解なのだ。
 これは終身刑という言葉のイメージから受ける誤解だが、終身刑と無期刑が同じものである以上、もちろん終身刑にも仮釈放はある。むしろ、世界的に見ても「仮釈放の無い終身刑(無期刑)」を設置している国の方が圧倒的に少数であり、イギリス、オランダ、中国、アメリカの一部の州などわずか数カ国で見られる程度だ。
 そして、これらの国々においても、恩赦や有期刑への減刑、一定期間経過後の再審査などの制度が存在するため、現実には「一生涯、刑務所から出ることが絶対に不可能」などという制度はこの世に存在しないと言ってよかろう。
 要するに、ほぼ全ての国において、終身刑(無期刑)ではあっても、ある程度の期間経過後は「社会復帰できる可能性」自体は確保されているのだ。アメリカなどで言い渡される「懲役100年」などという刑期も基本的には同じで、社会復帰できる可能性はゼロではない。

 結局、言葉の問題で言えば、「仮釈放のある終身刑」(欧米諸国)もあれば、「仮釈放のない無期刑」(中国)もあるということだ。このことからも、終身刑と無期刑が同じだということが理解できよう。
 つまり、「仮釈放という制度をどう考えるのか」だけが議論の対象なのだ。

 ちなみに、日本のように「死刑」を存続させている国は世界的には極めて稀だ。
 特に、ヨーロッパでは死刑を存続している国は無い(ロシアは制度として死刑を残すものの、執行停止中)。従って、「ヨーロッパでは、終身刑が存在するから死刑を廃止できたのだろう。」という認識も完全に間違いであり、ヨーロッパ諸国では、日本と同じように終身刑(無期刑)と言えば仮釈放が存在するのが一般的である上、その刑が「最高刑」(極刑)だということだ。日本人の感覚からすれば、「人を殺しておいて、死刑にもならなければ、一生涯刑務所に入っていることもないなんて。そんなバカな!」という感じだろう。 
 だが、今の日本の法制度から死刑だけを廃止したのがヨーロッパ諸国の普通の法制度なのであり、それが現実なのだ。つまり、「日本は極端に刑が甘すぎる。」という批判も当たらない。

 日本人は、アメリカ=世界標準と思い込んでいるから、アメリカに死刑があるが故に死刑があることは当然だと思うのだし、仮釈放の無い無期刑がないのもおかしいと言うのだろう。だが、アメリカも日本も、世界標準からは大きく外れている国だということを再認識すべきだ。

 死刑や仮釈放の存廃は、「刑罰の本質をどう考えるか」という思想の問題である。
 西欧では、犯人に「制裁」を与えるという側面よりも、犯人を「矯正」させるという側面が重要視されているとも言えよう。日本でも、裁判員制度の導入に伴い、法哲学的な議論が必要な時期に差し掛かっているはずなのだが、この期に及んでもマスコミの勉強不足は甚だしい。

 日本では、死刑は存続させるべきであるとの声が多い。死刑を廃止するからには仮釈放の無い終身刑(無期刑)を導入すべきだという声もまた多い。
 だが、「仮釈放の無い終身刑の導入」と「死刑の廃止」とは「トレードオフの関係にはない」ということが十分理解されるべきであり、マスコミも、刑罰とはどうあるべきかという本質的な議論を積極的に展開していくべきだ。