沈思雑考Blog

ソレイユ経営法律事務所の代表である弁護士・中小企業診断士
板垣謙太郎が日々いろいろと綴ってゆく雑記ブログです。

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55)家系図に資格!?

 今月20日、最高裁第1小法廷は、行政書士法違反被告事件の上告審で、被告人を懲役8カ月・執行猶予2年とした1審・2審の有罪判決を破棄し、逆転無罪を言い渡した。

 本件で行政書士法違反とされた「犯罪行為」は、行政書士の資格がないのに、「家系図」を「有償」で作成したということ。

 えっ!それだけのこと?と思われるかも知れない。

 だが、事実証明に関する書類を有償(報酬を得ること)で作成することは、行政書士の独占業務(資格なしではやってはいけない)とされているのだ。

 そもそも、行政書士が家系図作成をビジネスにしていたことすら一般には知られていない気もするが、「家系図」でネットを検索してみると、確かに、ものすごい数の行政書士事務所のサイトがヒットしてくる。

 行政書士の仕事というのは、およそ、世の中で事務「代行」の需要がある全ての書類作成がターゲットとなり得ると言われるほど、おそろしく「広い」のである。

 行政書士は、「官公署に提出する書類」や「権利義務に関する書類」、そして「事実証明に関する書類」を作成することが独占業務とされる一方、他の士業の独占業務とバッティングする業務は出来ない。

 つまり、事実証明や権利義務に関する書類のうち、他の士業とかぶらない範囲だけが独占業務とされるという変わった資格である。だが、この「かぶらない範囲」というのがメチャメチャ広いのである。

 話はそれるが、公法学の世界では、「行政とは、国家作用のうち立法作用と司法作用を控除した残余の作用全てを指す。」とされており、それだけ、行政というもの自体があまりに広すぎて、頭のいい学者がどれだけ考えても、まともに定義すらできないほどなのだ。

 行政書士のビジネス分野もそれに似ていて、仕事の対象は、言ってみれば、「他の士業が独占的にやらないこと全て」ということになる。

 よく考えてみれば、事務「代行」として需要が存在する書類というのは、事実証明か権利義務に関する書類がほとんどのはずである。

 なぜなら、意見書や鑑定書などの「判断」を要する書類や小説や芸術などの「創造」的な作品というのは、そもそも自分自身では作成不可能なものであり、「代行」というカテゴリーには属さないからである。事務「代行」というからには、本人が自ら作成できて、そうすべきなんだけども、面倒だったり複雑・難解だったりするので、時間節約のために専門家に作成してもらおうということでないと。

 とすれば、本人自らが作成できる書類と言えば、必然的に、事実証明か権利義務に関する書類ということになってしまうはずだ。

 ということで、行政書士の仕事というのは、無限の広さを有すると言われ、どんな分野でもビジネス化してしまうという逞しさが行政書士にはある。

 そんな行政書士が、「家系図」という分野にビジネスチャンスを見出したのも当然と言えば当然だ。

 確かに、自分の家系図というのは、ちょっと興味がある。

 だけど、家系図が代々引き継がれている家は珍しいし、どうしたら作れるかもよく分からないので、作ってくれるという人がいれば、頼んじゃおうか、となるのだろう。

 実は、幕末や明治初期まで遡れば十分という程度なら、家系図は簡単に作れる。除籍等を全て取り寄せるだけでよいからだ。

 日本の本格的な戸籍制度は、明治初期にスタートしたので、幕末頃までの先祖は、除籍等に記載された情報を遡るだけで判明するというわけだ。

 除籍等の取り寄せ自体は、本籍が転々としていなければ、本人でも容易であるが、本籍が転々としていたりすると面倒になる。また、除籍等の昔の書類は、読み方に「慣れ」が必要で、予備知識がないと情報を把握することすら難しい。

 そういうことで、家系図を作るという「手順は簡単だけど、ちょっと面倒な作業」が行政書士のビジネスに化けるという仕組みだ。

 このあたりの「ビジネスセンス」は、今後、我々弁護士も見習うべき部分があるのかも知れない。

 さて、話を戻すと、今回の家系図は、この「事実証明に関する書類」に該当するとして、1審・2審では有罪とされたのである。

 確かに、家系図というのは、家系という歴史的な「事実」を「証明」しているとも言えるので、行政書士の独占業務ということにもなってしまう。

 だが、最高裁は、家系図というのは「観賞目的」であったり「記念」であったり、要は、個人的に楽しむに過ぎないものであるから、事実を誰かに「証明」するための書類ではないとしたのである。

 結論的には、至極「まとも」な判断だと思う。

 そもそも、なぜ、国家資格(業務独占資格)というものが存在するのだろうか?

 十分な知見を有しない者に「食い物」にされてしまう被害者を出さないためという答えは、表向きのものである。

 日本には、似たような国家資格(業務独占資格)がいくつも存在するが、これは、縦割り行政の必然的産物でもある。

 例えば、士業と呼ばれるものだけでも、

 公認会計士(金融庁)、税理士(国税庁)、弁理士(特許庁)、司法書士(法務省)、土地家屋調査士(法務省)、行政書士(総務省)、社会保険労務士(厚生労働省)、不動産鑑定士(国土交通省)、海事代理士(国土交通省)

と、まあ、一般的には区別すらつかないほどの似たような資格を「量産」しているわけだ。これは、日本特有の法制度である。信じられないかも知れないが、欧米では、税理士という国家資格すら存在しないのが普通だ。税務代理は弁護士の本来的仕事だからである。

 では、なぜ、各省庁は国家資格を産出する必要があるのだろう。

 私見では、理由は3つくらいあると思う。

(1)まずは、行政の「マンパワー」の補完である。

 行政機関に書類を提出しようとする人は、山ほどいる。当然、素人なので、書類の記載に不備があるのが通常で、いちいち、公務員がチェックしたり指導したりしていたのでは、どれだけ人員を配置してもさばき切れない。そこで、試験にパスしたプロを行政機関の「補助」として活用することで、業務を円滑に遂行しようということである。つまり、国家資格の本質は、この「行政補助職」であるという点にある。

 今はどうか知らないが、法務局に登記をしに行くと、素人だと一度に全ての間違いを指摘してくれないという話がよく聞かれた。1つずつ間違いを指摘して、何度も足を運ばせ、しまいに嫌になって司法書士に依頼するのを待つのだと…。

(2)次に、行政の「統一的解釈」の徹底である。

 日本の場合、行政庁が「ガイドライン」なるものを出して、法律の解釈・運用を統一化している。本来、司法に属する作用を行政が勝手にやっているわけだが、これが奏功して、日本では「事前に規制」がかかってしまうため、「事後の紛争」が勃発せず、結果的に、司法まで紛争が持ち込まれにくい体質が出来あがっている。

 このあたりは、事前規制なしで、事後に全てを解決すればよいとするアメリカとは根本的に違う。だから、日本がアメリカの法制度をマネしてもダメなのだが…。

 前記のとおり、弁護士を除くすべての国家資格は、監督官庁が存在するので、監督官庁の指導を無視するプロはいない。そうすると、行政庁の統一的解釈が日本全国に徹底して浸透することになるというカラクリだ。そして、このことにより、行政は司法の機能も果たし、どんどん肥大化する一方、司法は弱体化するという、我々ひいては国民にとっては有り難くない結果が招来されてしまう…。

(3)最後は、行政OBの「再就職先確保」である。

 国家資格が出来れば、当然、関連団体も出来て、天下りポストが生まれる。また、独占業務の確立により、ビジネスとして成り立つようになれば、独立開業して食べていくこともできる。

 これで、行政庁のOBは、第二の人生を確保できるという仕組みなのだが、行政庁のOBは、無試験で資格を保有できる特権が与えられているのがミソだ。

 例えば、税務署に23年勤めれば税理士資格が、公務員(行政職)を20年勤めると行政書士資格が、特許庁で審査に関する事務に7年従事すると弁理士資格が、裁判所・検察庁・法務局で事務官として10年勤めれば司法書士資格が、それぞれ無試験でゲットできるのだ。

 国民としては、国家資格(業務独占資格)というものは、知見を有しない者に「食い物」にされてしまう被害者を出さないために、国家が人権侵害を未然に防止してくれているんだ、と思いたいところだが、残念ながら、国家の「本音」はそこにはないと思われる。

 なぜなら、個人の資産に関するアドバイスをするファイナンシャル・プランナーや企業経営に関するアドバイスをする経営コンサルタントなどには、独占業務は一切存在しないからだ。いずれも、FP技能士や中小企業診断士といった国家資格(名称独占資格)が存在するのに、である。

 つまり、民間同士でやることについては、国家としては、大した関心がないということなのだ。

 ということで、行政補助職であることが国家資格(業務独占資格)の本質であるならば、家系図の作成なんていうのは、行政の仕事とは無縁であり、およそ個人で楽しむだけの目的なのであるから、国家が独占業務として守る意味すらないことになる。

 従って、今回の最高裁の判断というのは「まとも」な結論ということになる。

 となると、行政書士でなくても家系図を作ってもよいことが確定したわけだから、今後は、一般人がちょっとした小遣い稼ぎでビジネスを立ち上げることも予想されよう。

 行政書士にとっては、せっかく作り上げたビジネスモデルに「ただ乗り」しやがってという感覚なのかも知れないが、行政書士の逞しさからすると、すぐに次のビジネスを探してくるのだろう。

 我々弁護士も、過払金バブルがはじけ、縮小していくであろう市場を如何に新規開拓していくか、行政書士なみの逞しさが求められている気がする。