121)感情労働と共感疲労
- 2013年4月23日
- 人生・趣味
この前の土曜日(4月20日)、私が専務理事を務める「三重弁護士協同組
合」主催の弁護士向け実務セミナーが開催された。
セミナータイトルは、「弁護士のためのメンタルヘルス」。
直訳すれば、「心の健康」ということ。
講師は、テレビ等でお馴染みの精神科医の「香山リカ」氏!!
おそらく、このテーマでは、日本で最高の講師をお招きできたはず。
我々、弁護士の仕事というのは、本質的に「人」と「人」の争い事に身を投
じることが宿命づけられている。
争い事の当事者は、程度の差こそあれ、何らかの形で「心」を病んでいる場
合が多い。
離婚問題に悩む方、兄弟姉妹間の「争族」問題に悩む方、交通事故の被害者
や遺族、凶悪犯罪の被害者、などなど。
そのような方々と法律専門家として如何に接していくべきか、というのは弁
護士にとっての最重要テーマと言ってよかろう。
また、他人の事ばかりではなく、我々自身が「心の病」を患ってしまうこと
も珍しくない。
現に、私の知っている弁護士の中でも、決して少なくない人数の方が自身の
メンタルヘルスを害してしまっている。
もう数年も復帰できない有能なベテラン弁護士もいれば、弁護士登録1年未
満で登録を抹消してしまった新人弁護士もいた。
さて、今回のセミナーでは、「感情労働」と「共感疲労」という新しい概念
を学ぶことができた。
私にとっては、大いなる収穫であった。
従来、労働というものは、「肉体労働」と「頭脳労働」に大きく二分されて
考察されてきた。
しかし、近年、単純に「頭脳労働」という概念では捉え切れない「感情を酷
使する労働形態」が確かに存在するとして、「感情労働」という新しい概念が
注目され始めているのだそうだ。
感情労働とは、アメリカの社会学者A・R・ホックシールドが提唱した概念
で、「感情の抑制や鈍麻、緊張、忍耐などを不可欠の職務要素とする労働」の
こと。
一般消費者を顧客とするサービス業であれば、どんなに嫌な客に対しても、
また、どんなに理不尽なクレームに対しても、自らの感情を押し殺して、冷静
かつ丁寧に対応せねばなるまい。
学校の先生だって、どんなに過激なモンスター・ペアレントが怒鳴り込んで
来たとしても、先生としての「品性」だけは決して失ってはならない。
今回、香山氏から、精神科医も弁護士も「感情労働」に属する仕事であると
の指摘を頂戴し、なるほど!!という思いがした。
我々の仕事は「つかず離れず(=不即不離)」が鉄則である。
もちろん、依頼者の要求が最大限に充足されるよう、あらゆる法律構成を考
案し、可能な限りの法的手段を試み続けていくのが弁護士の使命であるから、
その点においては、依頼者にピタッと寄り添っていくべきことは当然だ。
だが、自分自身の「心」まで依頼者と「同化」させてしまうと、客観的で冷
静な状況判断が出来なくなり、かえって依頼者の利益を害してしまうし、何よ
りも、そんな心の遣い方をしていたんでは、弁護士自身のメンタルヘルスがア
ッという間に害されてしまう。
つまり、弁護士の職務においては、「理性・知性」と「体力」はフルに働か
せても、「感情」だけは浪費しないことが肝要ということ。
私も、まだ40代半ばだから、体力的には多少の無理がきく。
それに、司法試験の直前期には1日16時間くらいの勉強はしていたので、
純粋な頭脳労働だけなら、1日何時間やっても大丈夫だ。
肉体労働も、頭脳労働も、十分な睡眠さえ確保できるなら、翌日の労働に必
要なエネルギーは回復する。
だが、自分自身の「心」が折れそうな問題に直面すると、一晩やそこら寝た
くらいでは、どうにもならない。
まあ、長いこと弁護士を続けていると、自分自身の「心のバランス」を保つ
術は自然と身に付くので、心のバランス保持に向けたあらゆる「防衛反応」を
反射的に試みてはいるはず。
それでも、自分自身の「経験値」を大幅に超えてしまうような相手方からの
過激な「攻撃」に曝されたり、あまりにも悲惨な依頼者の境遇に接して「共
感」し過ぎてしまうと、どんなベテランの弁護士であっても、精神的に病んで
しまうことは十分にあり得るのだ。
前述のとおり、今回の講演では、「共感疲労」という言葉も登場した。
2年前の東日本大震災では、被災をしたわけでもないのに、津波によって家
族や家を失った人々の映像に頻繁に触れることで、被災者に対して強い思いを
寄せ、感情移入し過ぎて(=共感し過ぎて)、精神的に病んでしまった人が続
出したそうな。
このような心理状態を「共感疲労」と呼ぶらしい。
う~~む。
我々の仕事というのは、相手方(時として依頼者!)からの「攻撃」に対し
ては感情を抑えて冷静沈着に対応しつつ、依頼者の境遇には「共感」し過ぎな
いで、常に「不即不離」のバランスを保っていかねばならない、ということな
のだ。
そう考えると、我ながら、大変な仕事だなあ……。
もちろん、自由奔放に感情を「爆発」させてる弁護士もいるけどね(笑)。
まあ、でも、その分、依頼者のお役に立てた時の充実感・達成感は格別なの
である。
多くの専門職が言うように、依頼者からの「ありがとう!」が最高の報酬と
いうことなんだよね。
そう言えば、講演の中で、こんな話も紹介された。
今回の東日本大震災で、自衛隊が大活躍したのは周知のとおり。
自衛隊員は、本当に過酷な任務に従事したのだが、今回の任務で「心」を病
んだ隊員はいなかったそうだ。
もちろん、戦争を想定した過酷な訓練に耐えている人達だから、常にメンタ
ル面の鍛錬も怠っていないからだとも言えるが、今回の件では、日本国民から
の自衛隊に対する「感謝・賛辞」が多かったことも大きな要因なのだと。
対照的に、事あるごとにバッシングの対象とされていた地方自治体では、精
神疾患を発症する職員が続発したとのこと。
つまり、「人から認められ・感謝される」ということが、心のバランスを保
つ上でホントに大切なことなのだ。
最後に、香山氏から、我々に対して有り難~い言葉を頂戴した。
弁護士のように感情労働に従事する者は、
人生を楽しむことは権利ではなく、義務です!!
自分自身のメンタルヘルスがベストでないと、他人様の人生のお役になんか
立てませんよ、ということなんだね。
さあ~て、このGWは、しっかりと「義務」を果たしますかね~~。